キャシー中島の愛娘、長女ななみが病気で死亡。肺がんの原因に旦那が関係?夫の今現在

日本におけるハワイアンキルトの第一人者である、キャシー中島さん

皮膚ガンにかかったことで話題になりました。

実は長女もガンで亡くなられているのです

今日はキャシー中島さんの長女について調べていきます。

編集長
病気は他人事じゃないな・・・

キャシー中島さんは芸名で、本名は勝野 八千代さんと言います。

ハワイ・マウイ島出身で父はアイルランド系アメリカ人の軍属で、母は日本人です。
夫で俳優の勝野洋との間に一男二女のお子さんがいます

1969年にレナウンのCMでモデルとしてデビュー。

1972年には『銀座NOW!』のアシスタントを務め、司会のせんだみつおさんと共に人気を博します。

女優転向を視野に入れ、ドラマに進出しようとしますが、1973年のドラマ『雑居時代』で共演した杉田かおるさんから、「ライオンのごきげんよう」で

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「ねぇねぇ、お姉ちゃん。演技下手ね。女優に向いていないんじゃない」

と言われてしまう。

50年以上も猫を飼育し、1980年ごろに最多で15匹飼育するなど家族も愛猫家で、ラガマフィンという珍しい種類を飼育している。

2016年2月10日に皮膚がんの手術を受ける。
2017年5月22日、都内で開催したパーティーにおいて病を克服し晴れ舞台に胸を張った。

キャシー中島の長女七奈美さんが病気で死亡していた

キャシーさんの長女は勝野七奈美さんと言います。

1979年生まれ。

父親の勝野洋さんの本名である「六洋」と、母親のキャシー中島さんの本名「八千代」の数字「六」と「八」の間を取って「七」の字を用いて名付けられました。

1988年に妹の勝野雅奈恵さんとともにペア写真集『デュオ』を出版し、芸能界デビュー。
後にジュエリーデザイナーとしても活躍。
2008年11月にはヒップホップダンサーの猪田武さんと結婚

幸せの絶頂にあった勝野七奈美さんでしたが、その直後に不幸が襲いかかります。

2009年2月、新婚旅行先のハワイで咳が止まらなくなり、帰国後に検査したところ、肺がんが発覚

「小細胞肺がん」という、特に進行の早いタイプの癌で、生存率わずか6%と宣告されます。

勝野七奈美さんはあくまでも前向きに、

「その6%に入ればいいんでしょ」
「治らなくても、がんに負けなければいいんだ」

と様々な治療を試しますが、額や骨など、身体の様々な部位に転移が進んでいきました。

カテーテル治療や重粒子線・陽子線治療など、様々な高額な最新治療を当たってみたといいます。

しかし、癌の進行を食い止めることはかなわず、同年7月7日に29歳の若さで息を引き取りました

七奈美さんはタバコは吸いません。非喫煙者だったのです。

それなのに肺がん宣告からわずか4ヶ月という短い期間で帰らぬ人となってしまいました。

肺がんの原因は?

七奈美さんが冒された肺がんの種類、「小細胞肺がん」が大きく関わっています。
身体に異変を感じたのは年が明けた2009年1月末のことでした。

咳が止まらなくなったのです。

結婚式から年末と慌ただしい時期だったこともあり、「疲れているのかもしれない」なんて会話もあったかもしれません。

キャシー中島さんの自宅近くの小さな病院へ行き、気管支炎と診断され処方された薬を持って、七奈美さんは新婚旅行でマウイ島へ行ったといいます。

帰国後の七奈美さんの咳はひどくなっていました。
そこで池尻にある大学病院で診察を受けたそうです。

病名は肺炎

やはり、気管支炎が治りきらないまま海外へ行ったため、悪化してしまった、そんな認識でしたのでしょう。
抗生剤を処方され、「これで大丈夫」と思ったとキャシー中島さんは自身のブログに綴っています。

しかし、七奈美さんの咳は治ることはありませんでした。
鎌倉の病院に検査入院して精密検査を受けました

検査の結果は肺がん

肺がんは早期に発見し治療すれば8割は快方に向かうと言われているがんです。

肺がんと診断されてもなお、キャシー中島さんを始め家族も、また七奈美さん本人も、

この時点では希望を捨てていなかったと思います。

都内に戻り、国立がんセンターでさらに調べてみると、

長女・七奈美さんの肺がんは肺がんのなかでも最悪の小細胞肺癌であることがわかりました。

その日は勝野の35周年の特別公演を日本橋の三越劇場でやっていて、
次の日が千秋楽でしたので、誰にも言えませんでした。

(中略)

もっと早くがんと言うことが分かっていたら、
こんな結末にならなかったのでしょうか。
本当に本当にがんの中でも小細胞がんは最悪ながんです。
私はただ側で見ていることしか出来ない母親でした。

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肺がんのなかでも最悪のがんと言われる小細胞がんであるということがわかった日のことを、

キャシー中島さんは自身のブログで以上のように綴っていました。

小細胞がんの進行は驚くほど早く、発見されたときにはすでに全身に転移、末期の状態であることが多いそうです。

がん細胞が1箇所にとどまっている期間が短いので、

小細胞がんで手術を行うのは、極々初期の段階のみ。

肺がんの中でも最悪と言われる所以は以上のことにあります。

最後の方は往診のたびに自宅に帰りたいと主治医に訴え、念願叶い自宅に一時帰宅で一泊した翌日、病院で容態が急変したそうです。

七奈美さんの死後、キャシー中島さんは七奈美の笑顔が思い出せない、浮かんでくるのはがんに苦しむ表情だけ…と辛い胸のうちをブログに綴っていました。

食べたいのに食べられなかったね。
のどが痛くて痛くて がまんしたよね。
最後に食べたのがピオーネ!
それも一粒の半分をやっと。

編集長
壮絶な闘病生活だったんでしょう・・・

今日は8回しか泣いてないよ、前進だね。
七奈美!ママを誉めてね

長女・七奈美さんの死後はこんな内容が繰り返し綴られています。

時が経ち、周りの方の支えもあり、徐々に立ち直ってきている様子の頃の話です。

長女・七奈美さんが亡くなる8ヶ月前の結婚式のことを、

皆口を揃えて綺麗だったといった話から、

あまりにも七奈美が美しかったから、神様がそばに置きたくなって連れて行ったのかもしれない…

とキャシー中島さんは感じたそうです。

編集長
こんなにポジティブに解釈できるようになるまでどれだけの苦悩や葛藤の歳月を過ごしたことでしょう

9年後の命日にキャシーさんはブログで以下のように語っています。

ブログでキャシーは「もしも10年前に戻れたら、私は七奈美を癌なんかにさせない。検査をいっぱいして小さいうちに取ってしまう。もしも10年前に戻れたら、毎日愛してるって言う。生きていてくれてありがとうと言う。もしも10年前に戻れたら、小さな体の変化も見逃さない。もしも10年前に戻れたら、大好きだった歌の仕事をもっともっと応援してあげたい」と心情を告白した。

編集長
母の愛情がやばいですね。とっても悲しみを乗り越えて愛情を超越した何かを感じますね

なお、七奈美さんと夫の猪田武さんは、5年の交際の後、結婚されていて、交際が始まって3年くらいからキャシー中島さんたち家族と同居していました。

七奈美さんが亡くなった後も同居は続いたとのことです。
キャシー中島さんはブログに、

武ちゃんは私達ファミリーの一員であり大切な人です!

武ちゃんが一人になりたいと言うまで、私の義理の息子でいてほしい。

猪田武は勝野家には必要な人です。
たから、一緒にいるのが自然なのです。

と記しています。

猪田武さんとキャシー中島さんのお二方は、七奈美さんの闘病中はずっと付きっきりだったそうで、とても強い絆で結ばれていることがわかります。

現在も同居なさっているかは不明ですが、猪田武さんは現在アクセサリーやジュエリーの製作販売、ダンス事業や音楽事業を手がける株式会社マナ・ファクトリーの代表をなさっています。

なお、同社の副社長には勝野洋さんが、取締役には勝野雅奈恵さんが名前を連ねています

また、妻である七奈美さんの遺志を受け継ぎ、がん啓発のためのチャリティー事業も展開するなど、事業家として幅広く活躍しています。

 

夫が再婚?

ネット上には、七奈美さんの夫が再婚したという噂も出ていましたが、上に書いたように、最愛の妻の意志を継いで、さらにはご家族も会社に巻き込んで精力的にご活躍されていますので、再婚したというのはデマのようです。

編集長
妻が亡くなってもずっと思い続けられるって素晴らしいですよね。私もそうありたい・・。

キャシー中島さんの長男についても書いてますのでご覧になってくださいね!

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