今子供に人気の出川哲朗【画像】若い頃は嫌いだった!「切れたナイフ」の子供時代

かつては「抱かれたくない男」や「嫌いな男」で首位を独走していた切れたナイフこと出川哲朗さんですが、50歳を過ぎたここにきて、人気と好感度が上昇しています。

なぜ今、「出川哲朗」なのか、人気の秘密に迫っていきます

編集長
その証拠にCMにもバンバン出てるもんね。コインチェックはかわいそうだったけど

出川哲朗さんは1985年に芸能界デビュー、ことして芸歴33年になり、もう大御所芸人の域に到達しています。

2016年には上半期テレビ出演本数142本と引っ張りだこ

テレビをよく見る人なら出川哲朗を見ない日はないのではないでしょうか?

 

「若い頃は嫌いだった」と言う人が多い出川哲朗

若い頃は・・・と言うことは裏を返すと今は好きもしくは好感度は悪くないと言うこと。

出川さんのかつての不人気は1993年の「お笑いウルトラクイズ」に優勝したあたりから

翌年1994年の「電波少年」1997年の雑誌「anan」で「嫌いな男1位」を獲得、そこから嫌われ具合はとどまるところを知らず、2005年の「anan」では「嫌いな男」殿堂入り

まだ若かったこともあり、色気付いている感が余計気持ち悪さを助長したようで、かなりの嫌われようでした。

ですが年を重ねるにつれてその徹底した「汚れ役」と「リアクション」にだんだん好感度が上がっていき、芸にも人柄がにじみ出てきたところから、今や「リアクション芸人」というカテゴリーで押しも押されもせぬ、出川哲朗というブランドになりました。

人気のワケを科学的に分析

子供にウケの良い出川さんですが、人気のワケは、かつては面長で「気持ち悪い」と言われていた出川さんですが現在は太ったこともあり、体も性格も丸くなられてマスコット的キャラになられたとのこと

体の張り方が真似できない

もう若手とは言えない年齢で炎の中に突っ込んだり、時限装置解除に失敗し爆破に巻き込まれたりしています。

もちろん安全確認はしているんでしょうか、肝が座ってるとしか言えません。

出川さんの中で一番命の危険を感じたのが、「クマと戦ったこと」らしいです。

その際に「首以外の骨は全部折ってきた」と豪語していたとのこと笑

編集長
クマと戦うとかやばいですね!

スタッフからの評判が良い

リアクションに命をかけて決して手を抜かない出川さん。スタッフからも評判が良いようです。

高橋レーシングの社長さんは、出川さんのすごいところを「爆破の際は通常耳栓をして耳を塞ぐが、その後のリアクションを考えて出川さんは耳栓をしない」と話していたそうで、

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プロ意識が高いのも番組製作側からすると重宝するようです。

芸人からもいじられキャラで好かれていて、どんな無茶振りにも全力で答えます。

その姿勢が思わぬリアクションを産むのでしょう。

過激なリアクションシーンに出川哲朗さんは欠かせない芸人となっていて、若手がそうしたシーンを撮影する際のフォロー役をつとめているといった内容を語っていました。

このように、多くの芸能人が出川哲朗さんを絶賛するほどわきまえた性格で、裏表もあまり無いようです。芸能人だけでなく、スタッフへの心遣いもあり、出川哲朗さんがいると現場の雰囲気が良くなるということで起用されることも多いんでしょうね。

 

人を傷付ける笑いの取り方は一切なく、傷付けるのは自分の体だけ

これは出川さんの笑いのスタイルを表現しています。

誰も傷つけたりしないので敵を作らない。素晴らしいですね。

舞台中にゴキブリを発見し、「こっちにこい」と言ったら本当にこっちにきたこともあったそうですよ。

編集長
ゴキブリにも愛される男なんですね笑

出川哲朗の子供時代

そんな出川さんの幼少期はどうだったのでしょうか?

出川哲郎は、兄・雄一郎と姉・峰子がいて3人兄弟で次男の末っ子だ。

祖父と祖母も同居していて父母との7人家族だった。

子供時代は末っ子だったので、祖父母・父母・兄弟に可愛がられて育ったと思われる。

子供時代に出川哲郎の父親はベンツに乗っていた様でしかも、出川哲郎専用のお手伝いさんが居たと言う。

編集長
お金持ちのお坊ちゃんだったんですね

横浜市立栗田谷中学校を卒業。

私立武相高校に入学後、部活は軟式野球部に入部していた。

高校時代ヤンキーで喧嘩ばかりしていたとのことで、ニックネームは「キレたナイフ」だったと出川哲郎自身が豪語している。

テレビ番組でも高校時代はヤンキーだったと豪語しているが
実際のところは謎です笑

横浜の老舗海苔屋の二男である出川。幼少期は5階建てのビルに住み、「僕専用のお手伝いさんとかいて」と兄弟それぞれに専用のお手伝いさんがいるお坊ちゃまだったという。

しかし、高校3年生の時に実家の経営が傾き、一刻も早く働かなければならなくなった出川は、板前を目指し、料亭で働くために、ひとまず料亭から指示された尼寺で修行することになったそう。しかし、出川は中学の頃からの愛読書で、修行中に読み返した矢沢永吉の著書「成りあがり」に影響を受け、「俺も永ちゃんみたいに自分の好きなことをやって、スーパースターを目指そうと」以前から憧れていた役者を目指すことにしたと語った。

ただのお坊ちゃんではなく、ひとしきりの苦労もしているようですね。

出川さんに離婚の噂!?子供がいない理由は○○

編集後記

出川哲朗さんのすごいところは出るべきところを知っているところだと思う。

自分のポジションを知っていると言うか、ビジネス的にはとても大事なこと。

要は視聴者からの需要がわかっていると言うことだ。

今は自分じゃないと思ったらじっと大人しくしている、そして一度自分のターンがくると持ち前のテンションと勢い、声の大きさでガンガン前に出てくる。

時には空回りしたり、他の出演者からいじられたりしてその場を盛り上げる。

そんな出川哲朗さんは自分の需要を理解している一流のスーパーサブとでも言いましょうか。

これからもテレビからいなくなることはなく、活躍し続ける方だと思います。

出川さんを応援しましょう!