大竹しのぶの若い頃の大胆なぬれ場!【画像】明石家さんまとの出会い

 

明石家さんまさんの元嫁で女優のIMALUさんの母親大竹しのぶさん。

そんな大竹しのぶさんも2018年で61歳を迎えます。

若い頃は美人女優で鳴らした大竹しのぶさん。

今回はそんな大竹しのぶさんの若い頃にフォーカスしてお伝えして行きます。

大竹しのぶ
生年月日: 1957年7月17日 (年齢 61歳)
生まれ: 東京都 品川区
配偶者: 明石家 さんま (1988年 – 1992年)、 服部 晴治 (1982年 – 1987年)

大竹しのぶの可愛いかった若い頃(10代)

大竹しのぶさんは1974年17歳の頃、「ボクは女学生」の一般公募に応募しました。

その頃の大竹しのぶさん

この「ボクは女学生」というのは、当時フォーリーブスの北公次さんの相手役を一般から公募していたものです。

大竹しのぶさんはこれに応募し見事合格して芸能界デビューすることになりました。

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その後1975年大竹しのぶさんは五木寛之さんの当時の大ベストセラー小説が映画化された「青春の門」でヒロイン役として本格的にデビューします。

主人公の幼馴染の牧織江役が大竹しのぶさんでした。

17歳と言う若さでの体当たり演技が大好評となりました。

そして同年、NHKの朝の連続ドラマ小説「水色の時」に出演が決まります。

医大生を目指すヒロイン役で出演。

若くてピチピチですね!当時NHKの連続テレビ小説の歴代最年少のヒロインとなりました。

さらに1975年映画「青春の門」での演技が評価されこの年の各新人賞を総なめしました。

これにより大竹しのぶさんはさらに人気が高まり翌年1976年大竹しのぶさんが18歳の時、「みかん」で歌手デビューします。

今の時代で言うAKB48のようなアイドル的な存在だったですね!

営業のにーちゃん
今の時代でも通用するような素朴な感じで可愛いですね

大竹しのぶの若い頃:20代以降

2017年8月にミュージカル「にんじん」が上映されました。

実はこの舞台38年ぶりとのことで、1979年に大竹しのぶさんが20代初めの頃初めて出た舞台になります。

この頃の大竹しのぶさんはドラマや映画だけでなく舞台でも活躍していました。

1978年には大岡昇平さん原作で松坂慶子さん主演の映画「事件」出演。

今回も主演の松坂慶子さんの妹役と言う重要ポジション。20代そこそこの小竹仁さんは若い頃から演技派女優でした。

そしてこの「事件」で第二回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞。もうノリにノってます(笑)

そしてその翌年の1979年「あゝ野麦峠」に主演で出演。

この映画で明るく正義感が強く面倒見が良くて仲間のみんなから信頼されている優等生工女を演じます

この「あゝ野麦峠」で見事に、第3回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞

押しも押されもせぬ実力派女優となります。

1980年にNHK大河ドラマ「獅子の時代」で平沼千代役で出演。

和風な顔つきをされてますので、時代劇の衣装がよく似合う大竹しのぶさん。

1983年には再びNHK大河ドラマで「於大の方」役で出演します。

ここまで順風満帆な20代だったと言えるでしょう。

大竹しのぶの若い頃【20代最後に明石家さんまと出会う】

そして大竹しのぶさんの20代最後となる1986年のドラマ「男女7人夏物語」

このドラマで、明石家さんまさんと知り合い後に結婚することとなります。

明石家さんまさんの関西弁と、大竹しのぶさんの標準語での掛け合いが当時大変人気となりました。

このドラマは最高視聴率31%を超えた大ヒット作品となります。

営業のにーちゃん
さんまさんも若いなぁ

デビューから現在に至るまでドラマには130作品以上、映画には60作品以上、舞台には50作品以上に出演しています

大竹しのぶさんで130分作品以上って一つのレンタルビデオ屋さんができそうですね(笑)

また映画やドラマ以外ではデビューから5年後の1978年に「24時間テレビ」の第一回のパーソナリティーに、萩本欽ちゃんと一緒に総合司会を務めています。

今では総合司会はジャニーズのタレントばかりですけども当時はこういった人たちが勤めていたんですね!

大竹しのぶの若い頃の大胆なぬれ場

正統派女優のイメージでお伝えしてきた大竹しのぶさんですが実は大胆な濡れ場にも挑戦しています。

1992年公開された映画「死んでもいい」でもう大胆な丸出しのぬれ場を演じています。

【あらすじ】

失業した平野(永瀬正敏)はふらふらと大月駅を降りて職を探そうとしていた。駅で偶然、名美(大竹しのぶ)とぶつかったとき平野は一目惚れしてしまう。平野はそのまま名美が勤める不動産屋までついていき、名美の夫・土屋に頼み込み、そこで働かせてもらう。平野は名美をものにするために、名美を襲う。

この名美を襲うシーン

大竹しのぶさんはこのシーンで永瀬正敏さんとも濃厚なラブシーンがあります。

この映画では監督の意向もあり、本当にカメラを切り替えない長回しが多かったそうです。

その理由は

せっかくノリに乗った役者の演技を途中で切るよりも、そのまま持続させることにした

当然このラブシーンも長回しだったそうです。という事は本当にノンストップで行為に及んだ気持ちになったからこそこれだけの濃厚なシーンが撮れたのでしょうね。

大竹しのぶの演技
役者にはそれだけプレッシャーがかかると思うけど、それに十分耐えているのが大竹しのぶ。狂ったような顔をしたり、報われない恋を楽しむような顔をする。何を考えているのか途中でわからなくなるほどだ。

実際の画像をそのまま載せてしまうと問題があるのでモザイクかけてますがもうほんとに体当たりの濡れ場です。

気になる方はぜひ見てみてくださいね。

大竹しのぶ若い頃まとめ

・大竹しのぶは一般公募から芸能界デビュー
・1975年に映画デビュー
・その年の各新人賞を総なめ
・1976年に「みかん」で歌手デビュー
・1978年に最優秀助演女優賞受賞
・翌年1979年に優秀主演女優賞受賞
・20代の最後に「男女7人夏物語」で明石家さんまと出会い後に結婚
・1992年に映画「死んでもいい」で大胆濡れ場を披露

いかがでしたでしょうか?

60歳を過ぎても以前存在感を発揮する名女優大竹しのぶさん。

これからも活躍し続けること間違いないようです。

>>大竹しのぶさんと野田秀樹さんの関係は?